May 16, 2009

日本とインドの類似と相違

ちょっと前に、インド人の同僚数人とブッフェ形式の立食をする機会があった。そのときに、食べ終わったお皿を誰が片付けるかということで、遠慮のしあいが起こった。

「あ、私もちょうど食べ終わりましたから、お皿一緒にもって行きますよ」
「いやいや、大丈夫、あとで自分でもって行きますから」
「いえいえいえいえ、ホントに、やりますから、お皿を渡してください」
「いやいやいやいやいや、ほんとに気にしないでいいですから」
「まあまあまあまあまあまあ、やらしてください、ほら、お皿を下さいってば」

・・・みたいなことを延々とやり続けるのである。どっちも譲らないのでいっこうに交渉が終わらない。あんまり長いので、途中でゲームみたいな雰囲気になってきて、お互い「負けませんよ」という感じになる。珍しいことだがときどき見られるのである。へー、インド人もそんなことするのか、とけっこうおどろいた。

先日、仕事で「嫁と姑の争いを止める夫」というイラストを描いていたところ、インド人の同僚がそれを見て「おお、典型的なインドの家庭の図だね」という。いや、日本の家庭のつもりで書いたんだけどね、と答えると、「えー、日本でも嫁姑戦争って存在するのか、インドだけの特徴かと思ってた」と言われた。インドでも伝統的な日本の家庭と同様に妻が夫の家に嫁いでくるのが一般的なので、嫁姑問題はけっこう深刻なんだそうである。古典的なお昼のドラマの題材でもある。

ところかわっても、人間関係のこういった機微は変わらないものなんだなあと思う。

一方で、自分の常識が通じない場面ももちろんよくある。2、3日前も、道を歩いていたらスラムの子どもが3人ほど駆け寄ってきたので鞄に入っていた自分のおやつのあまりの安いカステラを人数分だけ一番先頭にいた子どもに渡した。よく見かける子どもたちのグループだったので、仲間3人でちゃんと分けるだろうとなにも疑わずにあげたら、その子はカステラを一人で全部もってさーっと走ってどこかにかけていってしまった。

「あ」と思ったときには他の子たちが、なんで私にはくれないのよ、という非常に恨めしい目をしてにらんでいた。こういう場合はちゃんと一人ひとりの手にわたさないとだめなのである。昔、小学校でよく兎を飼っていたが、菜っ葉を差し出すと大体5匹もいたらアグレッシブで力の強い2匹ぐらいが走ってきて奪い合いになり、体の小さい子兎はこわがって近づけずご飯にありつけなかったが、あれとおなじなのである。大きい兎が固い菜っ葉に夢中になっている隙に、小さい兎にうまく食べさせるのに苦労した記憶がある。

何が同じで何が違うのかは、人と付き合って経験してみないとわからない。自分のアクションにどんな反応が返ってくるのかをびびらずに、期待をせずに、面白がって観察していると、類似性と相違がさまざまに見えてきて面白いのだ。

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