April 22, 2009

愛あるかぎり戦いません

ムンバイに来て幸せに暮らしたい人に向けて金言を授けるとすれば一つしかない。「戦ったら負け」、これにつきる。私ものんびり平和に暮らしているようにみえて、今でもごくたまに、この一言を自分に言い聞かせている。なぜなら、インドは実際、変化を容易に受けいれない国だからである。

「ほぼ日イトイ新聞」で原丈人さんという方と糸井重里さんの対談を連載している。それを読んでいたら、原さんが「インドは脅威にはならない。インドは統計的には豊かになったように見えるけれども、実際には貧しい人が増えているばかりだ」という話をしていた。そういわれてみると、実にその通りだと思う。

ムンバイで暮らしていて、確かにインドの経済は発展しているように見える。狭い町に1年で新しいショッピングモールが3つも建ち(そのうちの2件はすでにつぶれかかっているのだが)、雑誌ではモダンなライフスタイルが紹介されて、とにかく物が売れて、車が売れて、経済が動いているように見える。

しかし一方で社会制度はまったく整っていないし、貧乏な人は貧乏なまま、子どもは学校に行かずお皿を洗っているし、役所はめちゃめちゃでろくに機能していないし、ゴミ問題はどうしようもないし、公害のおかげで空気は悪い。チャイ屋はチャイ屋。企業家は企業家。掃除婦は掃除婦。物乞いは物乞い。ある面では、ほとんどの面では、まったく変化が起きているような印象を受けない。

社会自体の構造がよくなっているわけではなく、単に既存の社会システムの上のほうににポンと経済社会のロジックを置いただけのような感じだ。プラモデルの船上にプラモデルのロボットを置いたような印象で、いまいちその2つの融合がうまくいってない。

例えば郵便局に行く。20分並んでいても誰も受付に人が出てこない。いらいらして怒鳴る。すると隣の窓口の人が「そこランチ休憩中だよ」という。じゃあ誰か他の人が出てこいよ、と文句を言ってみる。責任者出せ!と叫んでみる。しかし、もし責任者が出てきたとしても、黙って首を横に振るだけである。どうしようもないね。まあもうちょっと待ってなよ。確かに待ってるしかなさそうである。係りの人が戻るころには疲れきっていてもう怒る気なんかなくなっている。むしろ帰って来てくれた喜びでいっぱいである。

郵便局を出るころには、「ああ、最初から腹を立てなければよかった」と自分の態度に後悔している自分がいるのである。のれんに腕押しとはこのことを言うのか、と達観して、読んだことはないけれど、自分がドンキ・ホーテを気取っていたようなばかばかしい気持ちになる。変わらないものは変わらない。少なくとも、自分がここで叫んだところで変わったりしない。周りを見まわしてみると、腹を立てているのは自分だけである。

そういう経験をいくつか通過すると、そもそも戦うことが何かを変えることにつながるのかどうか、そのやり方そのものに疑問がわいてくる。「やめなさい!」と言われて「はい」とおとなしくいうことをきく相手はそんなにいない。腹を立てたり、人を論破したり、そういうやり方は相手の気を悪くして話をややこしくするだけで、変化をもたらさない。エネルギーの無駄である。戦ったら負けなのである。

これはインドに住んでいない人にとってもあらゆる場面であてはまることだと思う。戦いを挑んだ人間は、その態度そのもので負けが決まっている。そもそも「戦って打破する相手がいる」という空想自体が思春期的で、幼稚なのだ。戦って変えようとするほうが間違っている。相手が人間にしても、制度にしても、文化にしても、それは同じである。・・・というように達観して、なにごとにつけても戦わないことをモットーとして暮らしている。ムンバイで暮らしている方にはご承知の通り、場面によっては言うほど簡単ではない。しかし、このルールを肝に銘じていなければ自分が消耗していく。

敵がい心を捨てて、被害者根性を捨てて、いかにして純粋な愛情によってことを行うかを常に考えるしかない。まあ足を踏み出してしまえば心地よい世界がやってくる、はずだ。

2 comments:

  1. はじめまして。yukoといいます。秋にムンバイへ行こうと思い、空港からの道順を検索してて、ここにたどり着きました。実際に住んでる方でも、バッグがなくなったりするんですね、、。戦わないというのは、すごく勉強になります!

    はじめてインドにいったときを思い出しました。随分戦い、時間に焦っている自分がいて、本当に消耗しました(笑)同じ旅の人に、ここはインドだよといわれたのを思い出しました。

    はじめてきたブログですが、インドを感じます。
    これからもちょくちょく拝見させていただきますね。
    それでは!東京より

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  2. いらっしゃい。コメントありがとうございます。気が緩んでいるとバッグ取られたりします。先日電車に乗っていたら、インド人のおばさんが、人ごみでバッグのもち手をちょん切ってとられちゃったと言ってたので、外国人だけじゃなく現地の人でもそういうことあるみたいですね。

    秋のインドは旅行ですか?うらやましい…。どこに行くんですか?しかし、旅行で時間が気になるのはしょうがないですよね。ムンバイ空港で降りたら、白タクはやばいので、会社のしっかりした(空港内でチケットが買える)プリペイドタクシーを使ってくださいね。

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