February 27, 2009

テレビは人をとりこむ

ムンバイに戻ってきた。先週まで2週間ほど日本に滞在していたのだが、その間、テレビや新聞で報道されている話題はほとんどが、中川大臣のG7後の酔っ払い会見と麻生内閣支持率の低迷(11%)であった。

2週間もいると、朝のニュース、お昼前のワイドショー、新聞、週刊誌、車の中のラジオ、食事時の夕方のニュース、寝る前の報道番組とものすごい頻度で同じ内容、同じトーンの報道に繰り返し繰り返し触れるので、その「公共の意見」的なものが頭にどんどんすり込まれていくのがわかる。これはちょっとはっとする経験であった。

人に会うと、同じことが話題に出る。人は半ば自分の意見のように話すが、テレビで報道されているトーンと人の話すトーンはほぼ同じである。そういう一こま一こまを眺めていると、みんな別にそのニュースについて議論をしたいのではなく、話題や意見を人と共有して、「困ったねえ、駄目だねえ、こりゃ」と言いながら和みたいだけのように見える。

例えば、「麻生は駄目だ」というメッセージは「ブレ」という表現使ってふんだんに、ありとあらゆるメディアで流される。その単純でわかりやすいメッセージは、麻生内閣がなぜ駄目なのか、その理由や根拠の情報量よりも圧倒的な量でもって、理屈を理解するよりもずっと速いスピードで「駄目だ」というイメージをまず形成する。実際、本当に駄目なのかもしれないけれど、日本のニュースからしばらく遠ざかっていた者としては、「麻生さん、一体何をやらかしたんだ?」とけっこう面食らってしまう。

テレビや雑誌を真剣に追っても答えが出てこない。人に聞くと、「あの人は漢字が読めない」、「失言が多い」、「定額給付金はろくでもない」という決まった答えしか返ってこない。でも意識的に疑問を持とうとしないで話を聞いていると、だんだんその意見というよりムードのなかに自分も取り込まれていくのがわかる。そのムードが理にかなったものであるか否かはここでは別の問題である。

帰国の前に本屋に立ち寄ったときに、四方田犬彦の『人を守る読書』を見つけた。ムンバイに向かう飛行機の中で読んでいたら、なぜ自分がそのタイトルに惹かれて本を買ったのかがだんだんわかってきた。前書きには「本を読むということは、他者の考えを読むということである」と書かれている。他人の考えを知ることで、それを媒介、または反射板として自分が何をどう考えてるのかがわかるのである。テレビや雑誌が伝えるのは、社会で共有することを目的としたムードである。強力でありながら、責任がだれにも転嫁されない。しかし、一人の著者が書く本はそうではない。本は批判されることを前提に、著者とは違う意見を持つ人に向けて書かれている。

インドでテレビのない生活をしている間は、あまり強い読書欲を感じなかった。しかし日本の特殊な情報のあり方にさらされたあと、脳が足りないものを保障するみたいなかんじで無性に本が読みたくなる。今までテレビを批判的にとらえたことはなかった。自分さえしっかりしていれば、テレビや雑誌の情報も有益な材料になりうると考えていたけれど、四方田さんの本のタイトルどおり、日本で自分でものを考えて生きていくためには、テレビを見ないか、本をどんどん読まないとまずいんじゃないかと思う。そうでないと、取り込まれる。そのムードが善きものであるか否かの判断をするひまは、与えられない。

February 23, 2009

柔らかい刺激

1年ぶりに日本に帰っている。昨年も一度帰国しているのだが、今回は以前の滞在よりも日本とインドのカルチャーショックを感じていない。ひとつあるとすれば、日本はとにかくいろいろなことに、あたりが柔らかい、というか丸い。角が無いといったらいいのだろうか。

成田に着いたとき、空港から新宿まで出るバスを待っていたら、係員が私に向かって何か言った。しかし何を言っているのか聞き取れなかったので、「は?」と聞き返すと、もう一度「…ス」と今度は最後のスだけが聞こえた。「え?な
んですか?」と再度聞き返すと、「もう少しうしろにお下がりくださいますようお願いします」のスだということがわかった。

その後もふいに知らない人に話しかけられて、一瞬相手が何を喋っているのかわからないことがたびたびあった。これは何だろう?と考えていたのだが、どうやら日本人が話すときの音量の平均がかなり小さいようなのである。柔らかい声で抑揚なく話すので、しっかり聞いていないと聞き取れないのだ。

それから、日本でもう1つ気になるのは、いたるところでふにゃふにゃした音楽がかかっていることである。オルゴールの音に編曲したゆるいビートルズのメロディーとか、そういうムードミュージック的なものがかなりの頻度でショップやレストランや病院なんかで流れている。これがすごく眠くなる。あんまりしょっちゅう流れていると、自分が実はもう死んでいてここは天国なんじゃないだろうか、みたいな雰囲気になってきて生きた心地がしない。

そんなふうに、日本は人のあたりは柔らかくて優しいし、いろいろな場所に癒しがちりばめられている。きっとその分だけ現実は厳しく人が疲れきっているということなんだろう。しかし実のところ、こういう作りこまれた柔らかさが逆に無用な刺激になって人を疲れさせることもある。「ね、癒されるでしょう?この音楽」とか「ほら、やさしいでしょう、私たち」というその態度につい欺瞞やプレッシャーを感じてしまい、いまいち気分が乗らない。いいからもっとテキトーにやってよ、そのほうがこっちも気楽だからさ、と言いたくなってくる。日本人はもっと余計な力を抜いたらいいのにと思う。

February 13, 2009

「悲しいとき!」

兄が正月のお笑い番組をDVDに落としてインドに送ってくれた。2年も日本を離れていると、お笑いの世界もずいぶん様変わりしている。いわゆる正統派が減って、昔は異質だったタイプの笑いが主流になりつつある。新しい芸人さんたちの芸は芸というよりアートに近い。「面白くないギャグをやることが逆に面白い」的なねじれた世界に向かっているようにもみえる。どこか哀しみと退廃のかおりがしている。

哀しみといえば、ちょっと前にいつもここからというコンビが「悲しいとき」というねたをやっていた。「悲しいとき! タリーを注文したら、付け合せのパパドがちょっと湿っていたとき」みたいなやつを紙芝居形式で延々とやるあれである。あれを観ると、なんだか悲しくて情けない人生の断片が、見ようによってはおかしくてかわいい話になるのだなあと思った。現実に起きていることは一つであっても、そこにどのような意味や価値をつけるかによって味わいが変わってくる。

小説を読むことにも似たような効果がある。小説を読むように、現実に起きている出来事を「物語」として見なおすと、そこにふくまれていた価値ががらっとかわってしまう。お金を持っていることと貧乏であること、うまくいいく恋愛といかない恋愛、成功することと堕落すること。一見対照的に見える状況でも、含まれている意味の量はほんとうはかわらない。小説を読んでいると、成功する人生にも堕落する人生にも同様に、意味や味わいがあるみたいに思えてくる。

そんなふうに、ちょっと人ごとみたいにして自分の視点の外側から何かを学ぼうとすると、悲惨だと思っていたどんな状況もたいして悪かないじゃないか、ということになる、ような気がしている。悲しいときは、「悲しいとき!」と叫ぶといいかもしれない。

February 3, 2009

肉が食べたい

私は少なくとも週に2度か3度、肉が食べたくて、いてもたってもいられなくなる。かなり頻繁である。疲労やストレスに対抗する体内物質はたんぱく質からできている。だからなのかなんなのか、疲れているときほど、「ああ、今肉を補充しなければ死ぬ」、という飢餓状態がしばしばやってくる。

インドではベジタリアンが多いためか、肉は比較的高価である。しかも、チキンとヤギの肉しか売っていない。牛肉は去年の5月に日本に帰ったときから食べていない。やわらかーくて肉汁がたっぷりのビーフステーキなんか食べたら一発で元気になりそうなんだけれど、ないのでとりあえずチキンを食べて飢えをしのいでいる。

マクドナルドのハンバーガーの肉も、サブウェイのサンドイッチのハムもチキンである。ちなみにサブウェイはおいしいけれど、マックのチキンバーガーはかなりまずい。どっちにもベジタリアン用のメニューはあるんだけれど、一度も食べたことがない。ベジ系メニューは基本的に視野に入らないのである。いつも肉の入ったメニューを選んでいる。

先日、会社の同僚のアメリカ人の女性と一緒にご飯を食べに行った。彼女は魚しか食べないベジタリアンである。「私はお腹がすいてないから、あなたの好きなところにいこう」といわれたので、「じゃあ、とりあえず肉」と言って2人でモールの中にあるチキン料理の店に入った。

彼女がガーリックトーストなんて楚々としたものを頼んでいる間に、私はハーフチキン(1羽の半分のチキン)にフライドポテトがついてくるメニューを選び、お皿に山のように盛られた巨大な肉をつかんでかぶりついていた。なんだか妙な図になってしまったなあ、これじゃ私だけが野蛮な獣みたいじゃないかと考えながら、必死で目の前の肉を骨にした。もちろん結果的にはとっても満足して、幸せな気分であった。

どうしてこんなに肉が食べたいのか自分でもよくわからない。ちなみに、よく肉食をする人は血の気が多いと一般的に言うけれど、私はどちらかというと血の気がひいていてエネルギーが常に枯渇しているタイプである。その不足を食事で埋めようとしているのかもしれない。この肉食の問題だけが、インドで暮らしていてつらいことである。安い牛丼とかとんかつとかあったらいいのに。

January 30, 2009

The Art of Losing

1月は会社で企画したイベントの準備に追われ、気づいてみるともうすぐ2月である。1月の間に、長く一緒に働いていた人が4人会社を去った。ルームメイトが「親しい人が急にたくさんいなくなって、さみしいんじゃないの」と同情してくれた。代わりにもちろん新しい人との出会いもどんどんやってくる。しかし、やってくる人たちもまた、短い契約期間が決まっているか、いつまで留まるかわからない人たちばかりである。

もちろん日常から親しい人がいなくなるのはさみしい。しかしよく言うように、移動手段が発達した今、距離はさほど重要な問題ではない。自分が知っている人たちが新しい場所に移り、新しい生活をはじめる様子を遠くから聞くのはなかなか楽しい。日本やらチェンナイやらノルウェーやら、いろんなところに暮らす友達のことを考えると、彼らと一緒に自分の想像力も空間的に広がるみたいだ。そんな風に考えたら、喪失感も新たな価値に変えられるような気がする。

「喪失の技術をマスターするのは難しくなんかない」、とエリザベス・ビショップは書いている。

The art of losing isn't hard to master;
so many things seem filled with the intent
to be lost that their loss is no disaster.

(- One Art / Elizabeth Bishop


ほんとにそうだったらいい。

人や人の気持ちのありようは移り変わるから、自分の中になにか変化しない確固としたものを確保しておきたいという思いがある。ある人にとってはそれが家族を作ることであり、ある人にとっては一生の仕事を持つことであるかもしれない。

自分にとってはそのどちらでもなく、では何かと言って、今とくに思い当たるものがない。できればこれからも、背骨がなくてもぐにゃぐにゃと生きていけるようなこだわりのないものでありたい。しかしどこかの節目で自分の存在を外から確認するための何かがほしいと思うときがあるかもしれない、とちょっと想像する。

もし家族でも、仕事でも、自分の能力や技術でもないとしたら、それは何でありうるのか?あるいはこれから先もそんな種類の不安にからめとられず、のらくらと暮らしていけるのだろうか。そうだったらいいが、先のことはわからない。

January 21, 2009

頭が混乱したときは

デスクは、頭の中身の比喩だ。私の会社のデスクの上はいまめちゃくちゃである。

3週間分ぐらいたまったタスクリストの紙、読まなければと思って積み上げてある本や雑誌、壁一面に張り付けたアイディアメモや忘れないことメモ(すでに多すぎでどれが大事なのかさっぱりわからなくなっている)、書きかけの原稿やマインドマップと、もってきては片付け忘れるおやつのお皿。

パソコンのデスクトップもこれにそっくりである。書きかけの企画書やメール、作りかけのファイル、すぐ使おうと思ってショートカットを作っておいた画像やサウンドファイル。やらなければならない仕事に時間と体が追いつかず、整理する暇もないままにエントロピーがどんどん増大していく。

私は自分が企画した仕事と人から回ってくる仕事に精神的な区別をしていない。人からもらった企画でも、好きに料理してくれと言われたらけっこう燃えちゃうタイプである。仕事を断るのが惜しい。それでハイハイ言っているうちに、気づくと明らかに不可能な量の仕事が目の前に積まれている。

1月に、仕事で親しくしている人たちが何人か会社を離れることになった。契約が切れて次の場所に向かう人、結婚して引っ越す人、いろいろである。周りの人が、身内の不幸や病気などといったさまざまな問題に直面している話を聞く。自分もまた、いろいろな種類の決断を日々迫られている。この激しい空気の動きの中にいるだけでけっこう消耗してくる。そんなかんじで、やることは多いし変化は激しいしでかなり忙しい。

そういう時は、周りの人をただ見ている。

オフィスは不思議な空間である。一人ひとりの人がなにがしかの問題を抱えていて、何かに迷っていたり、悲しかったり、逆に笑い出しそうなぐらい幸せだったり、それでも朝ちゃんとした顔をしてやってくる。パントリーで友達と冗談を言い合い、ミーティングでまともな意見を言い、働いているとおなかがすくからランチを食べて、きちんとした顔をしたままうちに帰っていく。暗く沈んで泣いている人も、腹を立てて愚痴を言い散らかしている人も、幸せすぎてはしゃぎまわっている人もいない。

そんなふうに想像していると、頭の中がどんなにはちゃめちゃでも、自分も一応しゃんとしていようという気持ちになってくる。みんな、しっかりしている。

January 15, 2009

自由な、仕事の選び方

先日、日本の大学生の人と飲む機会があった。話を聞いていたら、大学生時代の友達が就職活動中に「自分が人生で何をやりたいのかを定義しようとして悩んでいたら、自分がなぜ生きているのか、という哲学的な自己の存在意義まで問いはじめてしまった」と語っていたのを思い出した。

今はどういう雰囲気なのかわからないが、私が育ったころの学校には、「夢を職業にすることが人生の大きな意義である」というなかなか強固なイデオロギーがあった。小学校のときに何度夢の職業を書かされたかわからないし、中学校では元服の歳に生徒全員が将来の夢を墨と筆で書いて体育館に掲示した。

一般的にいえばその結果として、高校、大学時代に本格的な就職難の時代に突入したころ、その夢と現実との落差を埋めるのに苦労した世代である。今は、あの雰囲気が多少は薄れて、学校でももっと実践的な職業、進学指導をしているのではないかと思うが、実際どうなのかは知らない。

私の働いている会社には、英文校正を仕事にする若いエディターたちがたくさんいる。たとえば、大学で医学を学んだ人が、医学論文の英文校正をする。人類学を学んだ人が、人文系の研究論文の校正を仕事にする。そして、彼らは一生エディターでいるわけではない。医学論文のエディターがMBAを取りに大学に戻って次はマーケッターや企業家を目ざしたりする。英語のインストラクターをしていた人が、退職してブティックを開いたりする。

こういうフレキシブルな仕事の選び方は、人生やものごとに一貫性を求める日本の雰囲気からは異質に見える。ふつう、医学を学んだ人が医者にならずに校正者になったら、日本では一種のドロップアウトに聞こえるだろう。しかしここにはそういう価値観があまりないように感じる。

アイデンティティが職業選択とさほど深く結びついていない。私は「アイデンティティ」という概念そのものが今の時代にはあまりそぐわない古いものだと思っているのだが、それでも実際この職業的価値観の多様さを目の当たりにすると驚く。この驚きが自分だけのものなのか、自分の世代に共通したものなのかはわからないのだが。

私の場合も、自己のアイデンティティの確立とやらをやるだけ時間の無駄と決めて、ある意味職業に対して受身になってみたあとから、むしろ自分が自然と浮き彫りになってきたような気配がある。糸井重里さんはどこかのコンテンツで「自分が何をやりたいかではなく、来た球をどう打つかを考えて生きてきた」というようなことを言っていた。飛んできた球をどう打つか、そのバットの振りに結果として自分が表れてしまうのだ。

しかし本当に重要なのは、そこに映る自分とやらを見ないことである。そんなことよりも、打った球がどこに行くかを興奮して眺めているとき、その人は青年期の自意識を越えていける。そんなふうに、自分をどんどん失っていけたらいいと思う。