September 1, 2008

インドは人を癒しうるか(2) なんだかんだいって、いい国

この間モールでサブウェイ・サンドイッチを買っていたら、たまたま隣のドアの住人夫婦とばったり出会って、車で送ってくれることになった。聞いてみると彼らはビジネスで日本やアメリカ、中国なんかに長期滞在していたことがあったそうだ。若い夫は、日本は物がとにかく高かったけれど、人がすごく親切にしてくれてすごくよかった、といっていた。ちなみに中国、香港の人はひどく冷たかったという。ふーむ。彼は私に「インド人の印象はどう?」と聞いた。私はしばらく考えて、「リラックスしていて、オープン」と答えた。彼は、「ふんふん、そうだね」と同意し、「インド人は、君が自分から話しかけて聞いたら、とにかくみんな親切に助けてくれるね。君が黙ってたらまあ、何にもしてくれないだろうけどね」と言った。まさにおっしゃるとおりである。家に着くころに、彼は「まあなんだかんだいって、インドってなかなかいい国でしょ」と結論した。「ここで働いて、結婚して、一生暮らしなよ」
「ははは、まあそれもいちプランかな」と私は笑った。

彼の言うとおりで、「なんだかんだいって」という前置きは必要だけれど、インドはなかなかいい国だと私も思う。政治はややこしいし、宗教もややこしいし、テロがしょっちゅう起きているし、道や建物のつくりはかなりあやしくて信用できないし、役所はまともに機能してないし、道には物乞いがあふれているし、スラムがそこらじゅうにあるし、環境汚染は深刻だし、人は多すぎるし、要するにあらゆる面で整備されていない。細部をみれば、決してのんびりした環境ではない。しかし、どういうわけかここでは生きるのが少し楽なのである。日本にない種類の気楽さがあるのだ。

おそらく私自身の心理的要素も含まれているだろう。生まれた土地のしがらみや習慣、これまでのキャリアや人間関係を放り出して離れた土地に住んでいることの開放感が、私のインドに対する印象をより開かれた魅力的なものにしている。でも、それだけではない。

夕方道を歩いていると、いろいろなものに遭遇する。汚いどぶ川でサリーを洗濯しているおばさん。二人乗りのバイクから口笛を浴びせてくる男の子。電車の中で怒鳴りあいのけんかをしている人。バスの中でどういうつもりか子供におしっこをさせている母親。いやらしいことを言ってくる電気屋のおじさん。子供を抱きしめて頭にキスしながらいつまでもゆすっている父親。歩道の上でうんちをしている子供。キャッシュカウンターに小銭のおつりがないことに気付いて、その場で値段を変える面倒くさがりの店員。・・・なんといったらいいか、ありとあらゆる欲望や利己心や、人前では見せないような愛情や、みっともない暮らしの断片が目に見えるところにどこにでもちらばっている。そういうものを眺めていると、不思議な安堵感がやってくることがある。

自分が見まいとして押入れの奥に押し込めておいたさまざまな醜いものやかっこ悪いものが、ぜんぜん隠す必要のないものに思えてきたような。自分が業だと思っていたものが、単なる人間の営みの一部に過ぎないと感じるようになる。まわりのあれこれ、汚れたものや、人のなまなましい感情表現や、みえみえの欲やわがままや、そういうものを、「そういうもんか」と受け入れていくたびに、自分の中の受容できる部分もおなじように広がっていくからだろう。何に対してとも知れず、「ああ、べつにいいんじゃないか」と、ぼんやりと腑に落ちる。

5 comments:

  1. 読んでいてすーっと癒されました。
    m(_ _)m 

    アメリカ人の友人から「日本人として日本で生きていくのって大変よね。あたしが日本人だったら絶対この国からMove outするわ。キツそうだし、第一つまらなさそう。あたし?あたしはアメリカンだから楽かもね。外国にいる気楽さってわかるでしょ。」って言われてその率直さにビビったけど、かなり当たってるかも。彼女はあたしが半外国人だと思ったからねぎらいのつもりで言ってくれたのかも。こてこての日本人だっつーのに。
    その外国にいる気楽さ的なものが非常に懐かしいかったりして。

    (1)を読んでかなりドン引いたんですが、やっぱりインドには是非行ってみたいですね。子供が道でうんちしててもかまわないから行きたい。(おしっこはNYで慣れっこだし)インド見ないと死ねない。(ナポリを見てから死ね、って言葉があるけどナポリは見たから次インドよ)

    Susan Sontag読んでみようかな。
    パリで偶然彼女のお墓に出くわしたことだし・・・。

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  2. そうか、「日本人として日本で生きるのって大変」か。そのアメリカンの友人鋭いですよね。何でそう思ったのが興味があるけど、「そうそう、よくわかんないけどとにかく大変なんだよ」といいたい。外国にいると本当に気楽です。

    インド、きっとすぐ来る機会がありますよ。しかしトイレ関係はもうちょっと整備されたら、もっとインドにも観光客がいっぱい来るだろうに、と思います。都会は茂みが少ないから、トイレのない人が見えるところでしているんだよね。

    ところで、Sontagのお墓に出くわしたんですか。すごいなー。パリにあるのか。
    私はアートとか文学とかまったく暗いのと文章が難しいのとで、Sontagの評論文はさっぱり理解できないで苦しんでいます。るのですが、「良心の領界」と「他者の苦痛へのまなざし」と、「反解釈」をなんとか読んで、かっこいいなーと思ってファンになってしまいました。すごい美人ですよね。あんな怖そうな知的美人になれたらいいのになー。

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  3. ソンタグ、全然知らないけどなんだか気になってきたので読んでみたいな。

    一個目の文章はわたしに「覚悟しろよ」と言ってるのかと思いました^^
    すごいところだなぁ。ある意味楽しみ~

    インドの人はすべてにおいてオープンなの?例えば私は、喜ぶ・悲しむ・怒る、みたいな感情はオープンにしてもいいんじゃないかと思ってるけど、妬みとかそういった類の負の感情はあまり目にしたくないし、自分のも出したくない。そして日本では後者は割りとどこでも目に出来る気がするけど、インドはどうなのかなって、ちょっと気になりました。

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  4. うーん、やっぱりさっきの違うなぁ。。
    日本では妬みみたいな感情もわりと抑えられてるね。影でものすごいことはよくあるけど。喜びも怒りもあわせて表に出すことを躊躇する。つまり言いたいのはオープンな妬み、ってどんなかなーと思ったんです。キーッ憎らしい!って面と向って言ったりするのかな。

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  5. ふふふふ。楽しみでしょ。「ある意味」ってどういう意味かしらないけれど。インドっていいよ、といっぱい言ってきたので、インドって大変、な部分も一応まとめてみました。結局、大変だけど、やっぱりいいよ~という結論になってしまったんだが・・・。

    後者、というと、日本では妬み、嫉み、憎しみなんかがどこででもわりと目に付くと?そうかねぇ。きっと人との付き合いが深いからそういう場面をよく見るようになるんじゃないの?

    人によるけど、全体で言ったら多分、出してる感情のレンジは広いような気がするよ、インドは。人、すごい怒るし、嫌味言うし、みんな失敗したとき自己弁護スゴイするしなぁ。でもあんまり影でやらない。むかついたらそこで嫌味を言っちゃうから、あとに引かないし、言われるのにも慣れるし、そういう人として受け入れられちゃう感じかなあ。だから楽だよ。相手がどう思うかということはきにしないで何でも言えばいいんだな、と思う。日本とかでやったら困った人になりそうだけど。

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