August 30, 2008
うきうきビューティーパーラー
ところで、インドで眉セットをしてもらうときに面白いのは、綿の糸を使って眉毛を抜いてくれることだ。どうやるかというと、糸を指に巻きつけて、ねじれた糸と糸の間に眉の一本一本を挟みこみ、ねじるときの摩擦力を利用して毛を抜くのです。はじめに行ったときに感動して、サロンの女主人にやり方を訓練してもらったんだけれど、難しくてぜんぜんできない。というわけで、月に1回ぐらいちょっと眉を直してもらう。だいたい一回20から50ルピー。
フェイシャルはしっかり背中のマッサージがついてきて気持ちよい。ただ、結構力を入れてごりごり顔をマッサージしたりとか、毛穴を押したりとかするから、肌が弱い人にはあわないかもしれない。ペディキュアとマニキュアもやってみた。爪の手入れだけかと思うとそうじゃなくて、フットバスやツボ押しマッサージなどいろいろついてきて、サンダル履きとほこりっぽい外で歩き回って刻み込まれた汚れを落としてくれるのでなかなかいい。ヘアスパも一度だけやったけれど、シャンプー台のつくりがひどくて首を痛めたので、もう二度とやらない。
サロンは家族経営で、オーナーのお姉さんはサロン経営の傍らモデルやら映画女優やら、ファッションショーの企画やらレストランのマーケティングやら、新聞のファッション欄でコラムを書くやらありとあらゆることに手を出している美人。その母はスターの母、という感じの、水玉のショッキングピンクのドレスが似合う人で、彼女も別の店を持っている。パーラーに行くと、ショーの写真やら有名俳優とのツーショット写真、書いたコラムの記事など、家族の輝かしい歴史アルバムをどっさり見せてくれる。
お姉さんはアメリカ人とインド人のハーフでアメリカで俳優をやっているというフィアンセと最近結婚したのだが、それぞれが別の国に仕事を持っているので休暇にお互いの国を行き来する別居結婚の形を取っているという。お姉さんの妹はまだ17歳で、今アート系の学校で勉強しながらパーラーの仕事を学んでいる。とにかく派手な家族だ。ちなみに、お父さんはこういう女系家族に典型的な実におとなしい人で、ときどき受付に座ってしずかに微笑んでいる。
最近友人がインドに遊びに来てくれるといっているので、とりあえずこのパーラーには一回連れて行こうと思っている。
August 25, 2008
どこにいたって同じだからこそ、どこかへ行くのだ
インドといえば、日本人にとってはドラマティックな印象が強い国である。高校生や大学生のときに沢木耕太郎や藤原新也のノンフィクションや遠藤周作なんかを読んで、インドはなんちゅーワイルドな国なんだ、と思っていた。ガンジス川で沐浴して自分の業を川に流してみたり、のら犬に食い殺されそうになったり、とにかく価値観を大きくひっくり返すような出来事が彼らの行く道に起こる。
しかし、作家たちはその目や肉体に、人を魅了するドラマを追い求め発見する能力が身についているのに違いない。私が発見するインドはそれに比べていまいちドラマ性を欠いている。ものを見る視点が地味なのだろう。道端でおいしいスナックを発見したとか、スイカが小さい、とか、Bataのビニールサンダルはどんなに履いても壊れないとか、どの俳優がどの有名人と仲が悪いとか、そういう細部ばかりがつい気になる。そして、世界とそれを見る人の視点とは相互に影響を及ぼしあうのであって、私のインドにはスペクタクルやアクションはなく、人と食べ物と仕事と本と映画がある。じゃあ日本にいるときと一緒じゃないか、といわれればそうなのだが、人はインド人で、食べ物はインド料理で、仕事はインド企業で、本と映画はインド製、という違いがある。その細部の違いが意外に大きい。
「どこにいったって同じなんだから、どこにも行く必要はないじゃないか」という人もいる。日本でやったって、海外でやったって、やることは同じだから外に出る必要はないと。私はこれまでに複数の人が若年者にそう進言するのを聞いたことがある。しかしむしろどこにいったって同じだからこそ、どうせなら別の場所にいろいろいってみたらいいじゃないか、となぜ言えないのか。生き方は変えられなくても、生きる場所は好きに変えられるのである。そして、新しい場所では必ず何かを学ぶことを強いられる。
海外に出て暮らしてみたいという人に対して「そんなのやめときなさい」と言う理由を思いつけるとしたらひとつしかない。自分の手元から離れてほしくない、ということだ。スーザン・ソンタグは『良心の領界』の中で若い読者に向けて、「旅をしてください。しばらくの間別の国に住むことです。」とアドバイスしている。「海外に出るために海外に出る」というのが、海外で暮らすことを選ぶのに最も適した理由であるように思える。
夕暮れの電車で
眠かったので目を閉じたりあけたりしていたら、電車が駅で止まって若い母親と小学1年生と保育園ぐらいの子供が二人、制服を着て、電車に乗ってきた。大きいほうの子は私の隣に座り、小さいほうの子供は人のひざを潜り抜けて電車の窓のところまで行こうとしていた。すると、さっきのおばあちゃんが子供の背中をつかんで、窓までぎゅっと押し出して外を見せてやった。子供はおばあちゃんを見るわけでもなく、当たり前のように窓枠をつかんで外を眺め始めた。
しばらくすると、子供が風景に飽きて頭をふらふらし始めた。またさっきのおばあちゃんが子供をつかんで、自分ともうひとりのおばあちゃんの片膝の間に子供を持ち上げて座らせた。もうひとりのおばあちゃんも子供の座る位置をちょっと変えて、手で子供が落ちないように支えた。子供は今度もそうされるのが当たり前のように黙って座っておちついてしまった。子供の母親をチラッと見てみたけれど、彼女は大きいほうの子が椅子から落ちないように支えていて、別にもう一人の子供がよそのおばあちゃん二人の膝にすわっているのなんか当たり前だという顔をしていた。
なんだかうらやましかった。彼らに比べて、私が他者との間に常に取ろうとする距離と無関心はなんなのか。なぜ知らない子供をひざに抱き上げることを、自分は思いつきもしないのだろうか?
ああやって、自然なしぐさでこともなく子供をだっこできる大人に自分もなれるだろうか。無理かな?そうなれたらいい。
インド人のストレス
以前同じオフィスで働いていた若い英語講師の女性は、独身のころには朝早くから夜の10時ごろまで毎日残業をしていたと言っていた。今の職場に移ってからはそれはなくなったけれども、結婚してからは仕事のせいでお姑さんに家事を任せているのが申し訳なくて台所の周りをうろうろしたりと、最初はずいぶん気を遣って大変だったということである。過重労働に家庭でのコンフリクトにと、働く女性はなにかと抱えている。
インド人の作家、かつ福祉活動家の女性が書いた「The Old Man and His God」というエッセー集を読んだ。これがインドの女性の悩みの煮込みおでん、という感じの本だ。嫁ぎ先の夫と舅姑との仲がうまくいっていないことを人に相談できず、外では最高に幸せな妻を演じているお嫁さん。一番の親友と貧富の差がついてしまい、気後れして友達づきあいができなくなってしまった女の子。夫婦で一生懸命お金を貯めて買った家を夫が相談もなく抵当に入れてしまったのに、どうしても夫に怒りをぶつけられない妻。などなど。みんなどこかで耳にしたような話ばかりだ。どこに生まれようが、愛や家族、暮らしといった基本的な悩みからは逃れることはできない。一歩内側に入ってみれば、みんなそれぞれが自分のソープオペラを生きているのである。
インドで暮らしてみると、日本ほどには人の感情表現にホンネとタテマエがないと感じる。人々を見ていると正直で屈託がなく、怒っているときは声を上げて怒鳴る、落ち込んでいるときは黙る、相手が気に入らないときはいやみを言う、というストレートな人が多い。だからこの人たちは比較的ストレスが蓄積しにくいんではなかろうか、というぼんやりとした印象を持っていたのだが、実際にはみんながそうともいえないようだ。彼らには彼らの、外国人には簡単に理解できない社会的な抑圧によって、外に向けて発散するのが難しい種類のものごとだってあるのだろう。
August 22, 2008
インドの役所で考えた
事情があって、一時帰国の許可を取るためにムンバイの2箇所の外国人登録機関を一日駆け回った。インド国内でVisaの再申請をして現在発行待ちの状態なので、インドを出るのに出国許可証を取らなければならなかったのである。結局、別の事情がもちあがって帰国はあきらめたのだが、久しぶりにインドの役所を行ったりきたりしたせいでぐったり疲れてしまった。
インドの役所はとにかく非効率的である。時間までに書類を別の役所に届けなければならない理由があり、役人さんに何度も「急いでいるんですが…」と声をかけてみた。しかしどういうわけか手続きの途中で急に「2分待ちなさい」と言って自分のお弁当を広げて食べ始める。困ったなーと思って観察していると、ずいぶん丁寧にご飯を噛んでいる。しかも食べた後、流しで弁当箱のタッパーの隅を丁寧に洗っている。このおじさんたちは毎日外国人の問題処理をやっているから、困った顔の外国人はもう見飽きていて同情も何もないのである。
手続きに時間がかかるのには別の理由もあって、おじさんが口述する内容を秘書の女の子がコンピューターで文章に起すのだが、彼女のスペリングが怪しい。「permission、ちがう、ピー、イー、アール、エム…、エルじゃない、エムだよ」といちいち新しい単語が出るたびにやっている。あまりの気の長さにこっちは気が遠くなりそうである。カァ、とカラスの声が遠くから聞こえてきた。
以前に帰国の用事があって仮ビザを申請したときには、下の方の役人さんに物陰に呼ばれて「お茶代として100か200ルピーくれ」と賄賂を要求された。賄賂なら手続きを始める前に要求すればいいものを、もう書類が出来上がった後に言うものだからこっちはさっぱり意味がわからない。「お金ないです」と断ると、「ふーん」という感じでさっさとあきらめて書類を渡してくれた。引き際はわりとさわやかなのが、この手の人の特徴である。
最近人気急上昇のインドの俳優、イムラン・カーンがインタビューでこれからも自分の人気を保てると思うか、と聞かれて、「世の中には自分の力でどうにかできることと、できないことがある。できる努力はするけれど、それ以外のことは僕には分らない」と答えていた。役所のベンチに腰掛けて手続きを待っているときにその言葉を思い出し、イムランは若いのに気の利いたことを言うなあ、と思って目を閉じた。
黙って座ってないで、腹を立てて怒鳴って、あるいは説得して、少しでも状況を改善しようと努力すればいいじゃないか、という人もいるかもしれない。もちろんそうやって納得できないものごとと戦うことで何かを変えていこうという志のある人たちがいることもわかっている。しかし、道徳心が弱いのか単に気弱なのか、どうもそういう気持ちになれなくて、「ちょっととりあえず座ろう」という感じでぼんやり様子を観察し、観察の結果得たちいさなテーゼなり教訓なりを自己の反省材料とすることでたいていのことをやりすごしている。
だいたい、インドの役所のおじさんを変えるのなんか百回生まれ変わっても無理だから、不毛な戦いにエネルギーを使うよりは、おじさんはそっとしておいて自分のことをやっていたほうが得である。こういう生き方は非福祉的といわれれば、それはもちろん同意せざるを得ないのだが。
August 21, 2008
別のものを買って帰る
店を出てしばらくして、「あ、お茶買わなかったなぁ…」と気付いた。
以前に兄が、よく何か買いたいものがあってお金を握って街に出たはずなのに、どういうわけかそのお金で別のものを買って帰ってきてしまうことがよくある、と言っていた。それでもなんだか満足してしまうというのである。そのときはおかしな話だと思ったけれど、考えてみると自分も似たようなことをしている。きょうだいそろって移り気なのである。
お茶を買いに行くぞ、と決めたら初心貫徹してお茶を買って帰る、それだけのことがなかなかできない。お茶を買おうと計画していても、一度街へ出てみれば、そのお金で買えるいろんな可能性がわーっと開けてしまうのである。フレキシブルというべきか意志薄弱というべきかは微妙なところだ。世の中にはこれと反対のタイプの人間がいる。たとえばちょっと前に雑誌なんかでよくピックアップされていた、「夢がかなう手帳術」なんてのはその典型である。十年後の目標を手帳に書いて、ゴール達成に必要なやるべきことを逆算して書き込んでいき、小さな計画をこつこつ実行していくことで夢を確実に実現できる、というやつだ。多分そういう生き方ができる人が世の中にはちゃんといるのだろう。私にはできない。5分後の自分が何を考えているのかさえ分らないというのに。
故池田晶子さんは、「私には将来という感覚がない」と書いていた。未来なんて観念に過ぎないんだから、未来のことを憂うことなんてできないじゃないか、という話である。たびたびこの言葉を思い出して、時間を越えた首尾一貫性を生き方にどれだけ求めるべきかと考える。暫定的な結論としては、そんなもんどうでもいいよ、というところで落ち着いている。5分前の自分にこだわるより、その瞬間の情熱やひらめきが運んでいくところにいつも自分を置いていたほうが楽しそうだ。そんな人生に達成は訪れないか?どうだろう、そうとも限らない。それに、そもそも人生において何らかの達成が必要なのかどうかもわからない。ただ、そういう生き方をしていると周りの人に「あの時ああいってたくせに」としょっちゅう文句を言われるのは必至である。
August 18, 2008
乗り物酔いを克服する方法
小さいときはよく車酔いをした。たった5キロ車に乗っただけでも気分が悪くなって、家族によく迷惑をかけていた。隣の市に行くだけにも酔い止め薬を飲んでいた。あまりいい思い出がないので、いまだに乗り物が億劫で、電車や飛行機や船でどこか遠くへ行く計画があると、なんとなく不安な気持ちになる。しかし、実際には高校生のころを境に、かなりのレベルまで乗り物酔いを克服している。 きっかけは生物の授業である。
人体の授業を受けているときに、耳の中にある半規管がバランス感覚を司っていると習った。半規管がちゃんと機能していると、体が揺られていても平衡感覚を保っていられる。生物の先生は、「車酔いしやすい人は、揺れに抵抗しようとするからいけない。揺れに体を任せるようにすれば、半規管が揺れに慣れて、しだいに平衡感覚をとりもどしてくれるんだな」と付け加えた。そうか、と思った。これは私の小人生におけるエポックメイキングな教えで、それ以来先生の教えを実践し、ひどい乗り物酔いをすることはほとんどなくなった。
「揺れに抵抗するな、揺れに体を任せろ」
あるいは、乗り物酔い以外にも言えるだろう。移動し続ける暮らしの中で、知らなかった文化に出会い、新しい考え方をする人と知り合い、これまでとは違うやり方の中に自分を投入するとき、時には平衡感覚がおかしくなることもあるだろう。いわゆる周波数が合わない、といった状態である。自分を保とうとして踏ん張りつづけることでむしろ状況が悪くなることもあるのだ。力を抜いて、いっしょに揺れてしまえばいいのだろう。

