August 25, 2009

プロとアマの境界線

日本に住んでいたときに一番楽しみにしていた番組に、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」がある。無農薬りんご農園の竹本さんの話なんかは、ビデオにとって何度も繰り返し観た。自分もプロフェッショナルになりたいと思っていたし、今もそう思っている。

今の仕事を始めて最初のころ、自分はマーケティングの素人という意識で働き始めた。2年目を続けるか続けないかを上司と相談していたときに、上司に「この仕事の先には自分のゴールがなさそうだし、今のポジションではずっと素人でしかないかもしれない」と正直に言ったら、彼は「Things change.」、だからそんなに専門にこだわりを持たずに、面白いと思っている間は仕事を続けたらいいじゃないか、と言った。どうしても辞めたくなったらいつでも辞めたらいい、別に引き止めはしない、という話だった。それからの2年目は、素人の域を出て、意識だけでもプロにシフトチェンジしようとわりとがんばってきた。

アマチュアにはアマチュアの利点がある。ユーザーとしての純粋な目で物事を見ることができるし、経験や理論にとらわれずに「好み」でジャッジできる。私の会社はインド企業で日本をマーケットにしたビジネスを行っているので、日本人ユーザーとしての批判的な目を持っているだけでも最初のうちは重宝がられた。そういう素朴な能力が求められていた。しかし今はそうではない。1年目と同じ事を繰り返しやっているわけにはいかない。

自分の考え方も少し変わって、今の分野で将来的に仕事を続けるかどうかは特に問題ではなく、それよりもこの瞬間にプロでありたいと思うようになった。仕事を深くやればやるほど、「わからないこと」に対する焦燥感も生まれてくる。わけがわかっている者になりたいという欲も出てくる。企業の社員としてのプロ、使われる人間としてのプロ、人に仕事を頼む人間としてのプロ、あるいは書き手としてのプロ、などなど、一つの仕事にもさまざまな側面があり、あらゆる面でプロフェッショナルを追求することにはかなりの努力が必要である。

自分が仕事をしているフィールドに対する深い知識もなく、経験も浅い人間が、まがりなりにもプロフェッショナルとしてのアイデンティティを築くためには、ちょっとした裏道がある、と私は思っている。一つはアイディアであり、もう一つは自己批判の能力をつけることである。特に後者が重要で、自らをプロと呼ぶためには、自分で自分の仕事を批判できる目を早く育てることが近道である。つまりは自分を指導できる教師としての目を自分の中に持つのである。

学生がなぜ学生なのかというと、指導者がいないと自分の間違いに気づかないからだ。算数の問題を解くにせよ、卒業論文を書くにせよ、自分の解法や論証の誤りに自分で気づくことができないから、よりメタな物の見方ができる教師が必要なのである。一方で、プロの数学者や研究者は自分の解法や論証を自己批判してひとりでに鍛える能力を訓練されているから、いちいち誰かに指導を仰がなくても自分で研究を進めていけるのである。

仕事も同じである。会社に入ってきた新入社員には仕事のトレーニングをするわけだが、「もう指導は必要ない」とわかる瞬間ははっきりしている。自分のやった仕事のダメさに自分で気づくことができる能力がついたときである。なんでもかんでもやったままに「できました」といって持ってきていた人が、「やってみたんですけど、ここがどうしてもうまくできません」とい言いはじめたら、ほとんど卒業である。あとは本人が勝手に学習していく。自分のやっていることのレベルがわかれば目標や向上心も出てくるし、自分がやった仕事のどの部分はそのまま使えて、どの部分は人に指導を仰いだほうがいいのか自分で判断することができるようになる。

それがプロと素人の分かれ道であり、指導する立場としては一番エキサイティングで、かつ同時に安堵する瞬間でもある。

自分について言えば、正直なところ、自分がやっている仕事の9割近くは自分が正しいトラックを走っているという自信はない。しかし、自分のした仕事が、もし偏差値で例えるならどれぐらいのあたりにいるのかはなんとなく想像がつくようになった。自分が作った広告コピーがいかにつまらないか、自分の水準とするデザインのレベルがどれほど低いかはわかってきている。そこをとっかかりにして、優れたケースを勉強したり、品質の高い作品にたくさん触れたりして、より自分の能力と仕事のレベルの相対的な位置づけを少しずつ明確にしていくしかない。とりあえず、取っ掛かりはあるのだ。

August 20, 2009

英語で文章を書くということ(1) 英語は英語で書く

今うちの会社で夏の英語エッセイ・評論コンテストを主催していますので、興味のある方はぜひ参加してみてください。(お知らせです)

さて、このコンテストのプロモーションのために社員の英語リレーエッセイの企画があり、私も久しぶりにまとまった英語エッセイを書いてみた。500から600ワードの英語エッセイというと、日本語にしたらおよそ私が普段このブログで書いている一記事と同じぐらいの量だ。このぐらいだと、最後の三分の一を書ききるのに少し力がいるけれど、まとまったことを一つ言うのにはちょうどいい。

英語で文章を書くときのポイントは、最初から英語で書くことである。日本語で書いた文章を英語に翻訳するのはあんまりおすすめしない。端々の表現で、「日本語ではこう言いたいんだけれど、英語ではどう表現するのかな」と辞書を引くのはもちろんかまわないけれど、文章全体を日本語で書いてそれを翻訳すると、英文としてはおかしなかんじになる。読者が違うからである。

英語で文章を書くときには、英語がわかる人たちに向かって文章を書く。そうすると、必然的に日本語で文章を書くときとは説明する内容も変わってくる。例えば、日本人に向かって花見についていちいち文章で説明しようとは思わないから、日本語で花見についての文章を書くと、日本人以外の読者に対する配慮が自然と失われてしまう。最初から英語で書いていると、自然と「ここはもっと説明しないと日本人以外にはわかんないよな」という部分を補足できる。

たとえば、日本語の文章なら、単純に「花見」、と書くところを、英語の文章では「hanami, the Japanese traditional custom of enjoying the beauty of cherry blossom」と書くわけである。これは日本語からの直訳ではできない。だからせっかく日本語で完璧な文章を書いたとしても、英語の文章にはかなり修正を加えなければならない。

だから、へたくそでも語彙力不足でもなんでもいいから、英語の文章は最初から英語で書き始めてみるといい。別に時間制限なんか無いんだから、2、3時間集中して書き続ければ一応まとまった量の文章になる。英語を勉強している人は、週末に時間があったらぜひ試していただきたいと思う。

August 18, 2009

ザ・トーカティヴ・アメリカン

アメリカ人の友人がいる。彼女は元同僚で、驚くほど人の話を聞かない。放置しておくと、1、2時間は平気で一人で話し続けている不思議な人である。

こう言ってはアメリカ人の人たちは心外に思うかもしれないけれど、私の少ない経験からすると、アメリカンは一般的傾向として、説明過多である。ものすごいスピードの英語で、話題の背景をことこまかく説明する。意見を言うときには詳細な理屈を欠かさずつける。「だいだい雰囲気でわかってくれるだろー」という甘えがない。10回に3回は結論のない話をし、残りの7回は笑ってごまかす、という私のような投げやりな態度では生きていない。そのため結果的に、ひとつひとつの話が長くなるのであろう、と推察する。

その友人は、そのアメリカン傾向に10をかけたぐらい話が長い。これは国民性とはかけ離れた傾向である。なぜそんなに話すことがあるんだろう、と不思議に思って一度話を聞きながらダイアログ分析をしてみたら、どうも同じ説明を微妙に言葉を変えながら3回ぐらい話しているせいなのである。そこまでして説明しないとわかったかどうか心配なもんなんだろうか、この冗長さを削って効率を上げようとは思わないのか、と不思議に思うが、まあ人生には思ったより余す時間があるわけだし、本人がいいと思っているならそこを追求する必要はない。ただし、急いでいるときには結構困る。トイレに入ろうとして洗面所でばったり会ったりするとなかなか聞く側としては問題である。

さらに、彼女はまったく聞き手の意見を必要としていない。すべての話が自己完結しているのである。だから、「あなたはどう思う?」という展開になることがまずない。インディペンデントにも度が過ぎている。別に人の意見なんか必要としていないのだ。自分が思ったことを自分が思ったとおりに実行し、起こった出来事を分析して独自の結論を出し、それを人生に一人で活かしていくだけなのである。だから、私が何か意見なり感想なりを会話の間にさしはさもうとしても、さしはさむ隙がない。さしはさんだとしても、たいていは無視である。時々何かに挑戦するために質問なり感想を投げてみるのだが、たとえ2センテンスねじ込んだとしても、まったく彼女のアンテナには引っかからないのである。まるで虚無に向かって叫んでいるような、なんとも不思議な気分になる。

しかし、この強烈なキャラクターと、Extremely Independentな存在としての不思議さがどうしても気になって、時々コーヒー・テーブルを挟んで尽きない話を聞いている。多分引越しでもしたら、私のことなんかあっという間に忘れ去るにちがいない、と確信が持てる。しばしば頭に空白が訪れて、いろんな人間がいるなあ・・・と軽く意識が遠くなることがあるのだが、気にしてないみたいだからべつにいいのだ。

イス取りゲームではない

小さい組織で働くことの利点は、いろんな種類の仕事がやれることである。一方で、難点は分業化がすすんでいないために、なんでも一人でやらなければいけないことだ。なんでもかんでも。アイディアを出すのも自分、実行に移すのも自分。やったことない仕事をやることが、むしろ日常業務である(今、私の同僚のみなさんは力強く頷いているかもしれない)。そういういろいろをぎりぎりこなして、自分のポジションを徐々に作り上げていくことが、小企業で働くことの創造的な部分である。

世の中にはさまざまな能力のスタイルがある。高度に専門的な能力や興味を持ち、その一つの「深さ」を追求して生きる人もいれば、ありとあらゆることに興味をもって、自分の能力の「面積」を広げていく人もいる。前者の人が成功するためには、その能力を認めて効果的に使う優れたプロデューサーの存在が不可欠であり、後者の人が何事かを成すためには、優秀な技術者を集めることが不可欠である。また他方で、どちらの能力も対して優れていないという場合には、自分をサポートしてくれる人の存在を増やす知恵が必要である。そういう意味で、自分のタイプを見極めて、必要な環境と人脈を自分に用意できるかどうかが結構大切なのだと思う。

私自身はどうかというと、技術者・専門家タイプの人間になりたいと自分では思いながら、興味や能力を一つのことに統合することができない、という感じでふにゃふにゃとここまでやってきた。物事はあこがれたとおりの形を取らない。まだ若いころは、まだその一つに出会っていないだけだと思っていたが、どうやら自分の能力のあり方は、そういう方向性のものではないらしいと感じ始めている。いろんなことがしたいのである。なんにでも首を突っ込みたいのだ。しかし、そのためにたいていのことは未完成に終わる。こういうのは無節操で無軌道ではあるけれど、いわゆる「成功」のようなものを求めなければ、このスタイルでもあるいは品のいい人生が送れないこともないだろう。

組織・社会におけるサバイバル術は、自分の居場所を自分で作ることに他ならない。私たちは別にイス取りゲームをやっているわけではないので、イスがなかったら地べたに座ればいいのである。あるいはコンビニの車止めの上のほうが快適かもしれない。これは仕事に限ったことだけではなく、例えばグループや学校のクラスで自分の居場所がないと感じている人は、誰かが作った場所や役割の枠組みからいったん外に出て、自分で勝手に座る場所を作ってしまえばよい。そうしてみると、意外と自分と似たような離れた場所に座っている人が結構いることに気づくはずである。

そんなふうに、働くことはそれがどんな仕事やポジションであれ、かなり創造的な活動なのだ。どんなに専門的な職業であろうと、研究者であろうと芸術家であろうと、かならず社会には代わりがいる。どんなに有名なミュージシャンであろうと、死んだあとには誰かがその精神的な穴を埋める。一方で、どんなに単純な仕事であっても、人に負けない能力なんか一つもなくても、ちゃんと働く場所はどこかにあるはずだ。自分が必要とされているかどうかは問題じゃないから、とにかく座れそうなところに座ったらいい。立っていたいというなら、勝手にすればいいのだ。

August 7, 2009

病来る ―インドの病院と家族愛

インドで暮らし始めてから、発熱性の疾患に少なくとも10回以上かかっている。ちょっと喉が痛いなー、と思うと、翌日には39度とか40度の激しい熱が一気に出る。どういうわけか、こんなに病気にかかっているのにさっぱり免疫ができない。インドの細菌が強力なのか、あるいはまわりに細菌が多すぎるのだろうと思う。

7月から仕事が忙しくて疲れがたまっていたので、週末は仕事を休んでゴアにでも行ってのんびり海を見ながらゴアカレーでも食べようかなーと考えていたのに、それどころではない。たまった疲労を解消する前に、病気が先に私を見つけたようだ。会社の極東アジア社員連名(単に台湾、韓国、日本出身のスタッフの集まりです)の清栄のみんなが企画した、三国料理パーティーにも行けない。会社のピクニックにも行けない。楽しそうな企画にいっこも参加できない。このままだと病気になるとわかっていただけにものすごく悔しいけれど、よくあることである。

一人で暮らしていると、病気になったときの処理能力がだんだんついてくる。今回なんか、まだ熱が出始めてもおらず、ほとんど症状がない時に、「あ、来る」と気づいてすかさずスーパーマーケットに行き、病気のときに食べられるものと飲み物をそろえた。総合病院に行って、医者に「熱は出てないんだけどもうすぐ出ると思う。死ぬほど寒いからマラリアの検査をしてくれ」と頼んで、夜には感染テストを一通り済ませて薬をもらった。なんでもなかったんだけれど、最近会社の女の子がマラリアにかかったのに、誤診で1週間もちゃんとした治療が受けられなかったので、念のためチェックしたのだ。

ちなみに、ムンバイのような大都市でも、街の機能は家族単位で暮らす人々のために作られていて、一人暮らしの人間には優しくない。病院に行って診察を受けると、簡単なチェックをした後で、「家族かだれか付き添いの人はいるか」と聞かれる。いない、と答えると、「じゃあ自分で受付に行って、まず診察代を払って来なさい」と言われる。この受付とやらが、病気の身で歩いていくにはちょっと遠い。お金を払って医者のところに戻ると、「じゃあ、血液検査をするから、もう一回受付に行って血液検査代を払ってきなさい」と言われる。「えー、また?」と文句を言っても、誰も代わりに行ってくれない。お金を払って、今度は自分で血液検査のカウンターまで行く。血液を採取すると、「夕方ここに結果を取りに来て、それから医師のところにもう一回行ってください」と言われる。一箇所に機能をまとめといてよ、と思うのだが、どうしてかそういうシステムになっていない。

入院したときなんかはもっと大変で、医者が処方箋を出すと、患者かその家族が薬や点滴、注射器をいちいち薬局まで買いに行かないといけない。付き添いなしで入院したりしたら、点滴が必要なほど体調が悪いのに、ベッドから起き上がって自分で薬局まで行って点滴のバッグを買いにいかなければならない。どういう理屈でこんな不便なシステムになっているのかはわからない。

まあとにかく、こういう大変さを何回も経験済みなゆえに、「病院には病気が本格的に悪化するまえに行くべし」という教訓を身にしみて学んでいる。人間、痛い目を見れば多少は賢くなるものだ。不便さからは逃れられない運命である。

今朝起きてみると、料理上手のルームメイトが野菜たっぷりのおじやを作っておいてくれた。ほかほかのおじやを食べながら、インドで暮らす人々は、多分こんな家族の愛で病気に打ち勝つんだろう、と考えた。もちろん、超強力な抗生物質の力を借りながらだけれども。(ちなみに、日本ではだいぶ前から病院で抗生物質をあんまり出さない方針になっていると思うんですが、インドの病院でもらった抗生物質をがんがん飲んでいるとどんな悪いことがおきるのか、知っている人がいたら教えてください。)