September 10, 2009

ストイックな男の人生 山崎豊子「沈まぬ太陽」

山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読み始めてそろそろ3週間目になる。以前会社にいたインターンの青年が日本に帰るときに置いていったのを借りて読んでいるのだ。かなり面白い。

日本にいるときは、企業ドラマなんておっさんばっかり出てくるし登場人物は多いしポリティクスやらなんやらいちいち理解するのが面倒くさいからキライ、と思って読んだことがなかったのだが、「ドラマ 華麗なる一族」は面白かったし、読んでない日本語の本がもう残ってないという差し迫った理由もあり、読み始めたら止まらなくなって朝ごはんの時間まで本を広げている。全5巻だからなかなか読み応えがある。

ストーリーを簡単に解説すると、主人公の恩地は、官から民に移行しつつある巨大な航空会社「国民航空」の社員で、優秀さを買われて労組の委員長に任命される。正義感が強く実直な彼は、「空の安全」を守るために、社員の労働環境を改善しようと死力を尽くすが、その結果、会社はその存在を疎んじて「アカ」のレッテルを貼って迫害し、懲罰人事で海外の僻地をたらいまわしにする。飛行機事故を契機に、半官営の汚れきった大企業と、それを変えようと戦うストイックな組合員たちのドラマ、というような話です。

主人公の恩地さんは、スーパーストイック男である。そんなひどい仕打ちを受けて出世の見込みもないような会社さっさとやめたらいいのに、戦っている他の組合員たちのために耐えて耐えて耐え続ける。それでいて、その苦しみのなかでも心だけは澄んでいる。アフリカやらパキスタンやらにぼんぼん飛ばされて孤独な単身赴任の生活のなかでも、美女に情熱的に迫られても決して興味を示さない。まさに女の書く男、という感じの主人公である。

こんな男は世の中にはいないか、いたら頭のおかしい人である。表で極度に「倫理的」な人間は、裏ではかなり性格破綻しているというセオリーを私は信用している。なんだかごつごつして妙なこだわりがあったり、「あ、ヘン」と見てわかる人のほうが付き合ってみるとまともなものである。だが、これは小説だからいいのだ。恩地さんはストイックだけれど変態ではない男なのである。

世の中には、「本当は周りがおかしいのに、自分がおかしいと見られてしまってる」という悲惨な状況に立たされている人はたくさんいるはずである。「周り」が大多数で、力がある場合には、そちらが単純に正義になり、声を上げている個人は迫害される。そんなケースは大なり小なりごろごろしている。経験したものにしかその恐怖はわからない。一度もそんな経験をしたことがない、という人がいたら、それは自分が常に「周り」の側にいただけの話である。

そういう人数や力による迫害のまっただなかにいる人には、ストレートに、励みになる物語だろうと思う。秋の夜長にはおすすめです。

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